前回の記事で、神宮球場について少し触れたが、神宮球場には色々な思い出があるので、書いてみたい。
まず、一番の思い出は、ビールの売り子をやっていたこと。私は、学生時代に父の失業もあって、アルバイト無しでは生活が出来ない時期があり、もちろん奨学金(返済義務ありの、別名学生ローン)もあったが、いくつかアルバイトを掛け持ちをしていた中の一つがこれであった。球場の売り子のビールには主に二種類あり、背中に背負う生ビールと、弁当売りのように前に抱える缶&瓶ビールである。私は前に抱えるタイプで、しかも缶ビールは女性が担当だったので、私は瓶ビールを持って売り歩いていた。
最初は、お金もなく球場に行けないので、給料もらいながら野球を観たいというのが目的で始めた。しかし、その給料が歩合制であり、一本売るごとに30円という形だったので、次第に試合観戦よりも売ることに力を入れるようになっていった。神宮球場の売り子は東京ドームとは違い、自分の売り場が決まっておらず、球場内どこへでも売りに行って良かった。また、野球場はおじさんが多いので、若い女のコから買いたいという人が多かったり、また生ビールがいいという人も多く、男の瓶ビールはものすごく不利だったことに気がついた。
そして、何気なくバイト終わりにどういう風に売れたのかというのをメモするようになっていった。すると、色々な法則性が見えてくるようになった。例えば、巨人戦は試合開始直後あたりに内野席に行けば、一気にサラリーマン風の人が増えて、飛ぶように売れる。これは、巨人戦が接待や会社の行事に使われることが多く、試合開始直後に来る人の一杯目であることが分かった。そして、その客はすぐに二杯目があるので、そこを取り込んだ後は、5回くらいまでは静観。阪神戦になると、試合開始の前から外野席でどんどん売れる。もちろん内野席も売れるが、ポイントはファンに寄り添うこと。阪神ファンの場合は、試合経過と売れ行きが非常にリンクするので、試合の流れを掴んで攻守交代のタイミングで一気に攻勢をかけられるように、ビールを補充しておき、ベストポジションまで移動しておくことが大事。基本的に応援している最中は売れないことが多い。広島と横浜は、当時今のような人気はなく、いつも閑散としていた。よって、売り子にとってはあまり魅力的ではなかったため、逆に売り子自体が少なかった。実はこのアルバイトはシフト制ではなく、働きたい時に行って、そうでない時は行かないという形式だったので、広島横浜の場合には、売り子が集まらないということがあった。よって、こういう試合は、同じお客さんと何度も目が合うし、会話も弾むようになってくると、固定客が出来るようになり、売れる。こういうことは、当時のメモの一部だが、これ以外にも雨の時は、とか、内野二階席はとか、もあり、あと男特有のというか、上の方に座っているお客さんのところまで歩いて売りに行くと売れるというのもある。なかなか女性の売り子はそんなところまで歩かないので、意外とそこは、男の聖域だったりする。
こんなことをしているうちに、かなりよく売れるようにはなった。とてもいい思い出だ。
また、他のアルバイトでいい給料をもらえるようになり、生活に余裕が出てくるようになると、父と一緒にスワローズファンクラブに入会するようになった。当時のファンクラブ特典の一つは年5回の外野席チケットをもらえたので、仕事帰りの父と待ち合わせをして、父子で神宮ナイターを観戦することもたくさんあった。また、他のアルバイトも神宮球場の近くだったので、アルバイトが終わった後にそのままふらっと観戦しに行くこともあったり、とにかくお客さんとして何度も足を運ぶようになり、当時は年間20試合くらいは観戦していたように思う。
その後、社会人になり、なかなか神宮に行ける機会も減り、年に数回という感じにはなったが、仕事の関係で、日本観光を頼まれた際には、神宮球場に招待した。ブラジル人一組と、アメリカ人は二組の計三回だったが、みんな東京音頭で傘を広げる応援をとても楽しんでくれていたのを覚えている。そして、もちろん彼らに買ったビールは、男の瓶ビール。私がアルバイトしていたことなども伝えると驚いた様子だった。アメリカではこういう仕事はあまり学生がやるものではないとのこと。
そして、神宮球場で大事なのは、六大学野球。実は、神宮球場というのは、スワローズのホーム球場ではあるものの、六大学野球の持ち物であり、スワローズは居候しているだけなのだ。学生時代は年に数試合、六大学野球を観に行った。この時は全然スワローズの試合とは違う雰囲気だが、自分の大学の応援を同じ学生同士でやるのはとても楽しかったという記憶がある。特に、応援団の熱い応援は、今、社会人になっても、たまに思い出してしまうくらいものすごいパワーだった。
あと、野球とは関係ないが、年に一度、神宮花火大会というのがある。私も一度だけ行ったことがあるが、やはり夏の夜の神宮球場はいいなぁと再認識したのを覚えている。
また、神宮球場というのは、立地が最高である。日本で最初の地下鉄である銀座線の外苑前駅が最寄。周りは青山、表参道でお洒落な都会と江戸風情の残る街並みもありつつ、試合前後のぶらり散歩も面白い。
少し長くなったが、売り子だったり、観戦する側だったり、または野球以外であったり、神宮球場での思い出はたくさんあり、どれも本当にいい思い出ばかりである。
しかし、その後アメリカに駐在になったり、インドネシアに行ったり、そしてコロナ禍になったりで、10年以上神宮球場から遠ざかってしまっている。またいつか、息子を連れて行きたいと思っている。