雪について

東京で雪が降り、子どもたちは大喜びだが、大人たちは交通機関の麻痺や雪かきなどでうんざりだった。

私は雪国出身であり、雪自体には慣れ親しんではいるが、もう今は雪の降らない地域に住んでいて、雪国を離れてから、かれこれ20年近く経つので、雪素人になりつつある。

今回の雪騒動でネットを見渡すと、東京イジリというか、こんな程度の雪で交通麻痺って

、、、とか、俺たちのところは○○センチ積もってます、とかそんなコメントが多くて、私も最近知った言葉だったが、こういうのを雪国マウントというらしい。

それがいいとか悪いとかではなく、マウントされるということは、当然、東京に弱みがあるわけで、確かに雪国であれば、今回の東京に降った雪くらいではビクともしないのは確かであり、結局一日で溶けてしまう程度だったわけだから、雪国からしてみれば、何を大騒ぎしてるんだ?という感じなのだろう。しかも、それが世界の大都市東京だから、なおさらだ。

しかし、少し考えないといけないのがリスクの考え方。これはいつかちゃんとまとめて書きたいと思っていたテーマだが、リスクというのは、リスクがあるから全て排除しないといけないというものではなく、リスク評価をし、ある意味リスクを取って、あえて対策をしないというのもリスク管理の一部だったりする。

極端な例かもしれないが、100年に一回しか地震がないような地域で、耐震性の住宅や震度計などが必要かと言えば、必要ではないとは言えないが、もしその地域にはよく大雨が降って洪水が起こりやすければ、そちらの対策を優先すべきだとか、他国が攻めてくるかもしれないからとどんどん防衛費を上げて、米国から使い古したような武器を買い集めるよりも、そのお金で心臓の移植とかが必要な幼児の命を救ってあげたほうがいいとか、リスク管理というのは、リスクがあるからそれを全てなくそうとするのではなく、正しく評価し、費用対効果もみて対応することである。

そして、今回の雪騒動であるが、これも同じで東京でこのような雪が降るのは年に数回程度。個人レベルで言うと、雪対策としては雪用の靴とか、車のタイヤとか、雪かきスコップとか、まぁ用意出来るものもあるが、問題は限られた家計の予算のなかで、どこまで雪リスクを管理するかである。例えば、スタッドレスタイヤに替えるとなればそれなりの金額になるが、年に数回のことなら、その日は外出しないということやどうしても車で行く必要があるならタクシーを使うとかでも、スタッドレスタイヤよりは安く済むわけである。

そして、行政や鉄道会社も同じで、年に数回の雪のため、例え色々麻痺したり、事故が起きたとしても、そこに全力をかけて対策するよりは、多少リスクをとって、交通機関のダイヤは乱れても、道路の事故が起きてしまっても、除雪車を何百台と用意したりするよりはいいだろうということなのかもしれない。

となると、雪国マウントとはなんだろうか?東京はこんな雪でダウンかよ!みたいなコメントもあったようだが、あえてダウンを選んでいたとも言えなくはない。今回、雪の事故にあわれた方や交通機関の麻痺で大変な苦労をされた方も多いとは思うが、それが東京の選択だったのかもしれない。逆に、東京マウントとでも言おうか、よく地方の駅とかでイベントがあって、来訪者が1万人が来ただけで大慌てすることがあるが、東京からしてみれば、新宿駅だけで一日の利用者が1000万人なわけだから、たかだか1万人で?ということも言えるかもしれない。しかし、普段は100人しか使わない駅を何年かに一回の1万人の日に合わせるかと言えばそうはせず、その日に特別な対策をして、あたふたしながらでも、現状のまま乗り切る方が効率が良かったりもするので、それこそリスク管理の結果である。逆に新宿駅で毎日あたふたしてたら問題なので、ちゃんと1000万人に対応するようにリスク管理しているわけだ。

話はだいぶ逸れたが、雪に関して言えば、雪国生活で、雪って嫌だなと思ったことも多かった。確かに普通に生活しようと思うと色々不便だし、最初に書いたようにうんざりだったが、家の窓から見える雪景色はそれなりに圧巻というか、一面の銀世界はキレイだったし、子どもたちの喜ぶ姿も幸せな気分になった。また、雪を見ると、昔やっていたスキーをやりたくもなる。

しかし、そんな気分も一日で終わり、すっかり溶けてしまうと、また日常が始まる。