以前、成人の日に、成人とは何歳かみたいなことを社会的な背景などから記事を書いてみたが、今度は内面的な観点から大人について書いてみたいと思う。
結論から書くと、大人と子どもの違い、つまり大人の壁は、自己犠牲だと思う。自己犠牲出来るかどうか、これが大人と子どもの境だと考える。
正直、自分のことや周りの大人(年齢的)を見ていても、大して子どもと考えていることは変わらないと感じる。子ども同士のケンカは、自分が大人の立場としてみると、なんかしょうもないことでケンカしてるなぁとか思ったりもしてしまうが、本人の立場になってみると、意外と自分もそんなケンカをしてしまう気もする。何かおもちゃの取り合いとかも、対象がおもちゃだから、やれやれと思うかもしれないが、お金だったり、仕事だったり、はたまた領土だったり、ものが変われば大人だって同じようなケンカをしている。だから、きっとこんなところは大人も子どもも一緒なんだと思う。
子どもがよく怒られているような、ゲームばかりやらないで宿題やれとか、早寝早起きしろとか、お菓子ばっかり食べるなとか、そのようなことだって、大人は胸を張って自分はちゃんとやってるなんて言えない人ばかりじゃないかと思う。宿題が仕事だったり、お菓子がお酒だったり、ものが変わるだけである気がしている。だからといって子どもに注意しないのかと言えばそれは違うので、心を鬼にして子どもにはちゃんと伝える必要があるものの、ここが大人と子どもの違いではないようにも思う。
そして、この前、息子にはっとすることを言われた。
息子 子どもって悪いことをして、大人に怒られるでしょ?
私 そうだね。子どもはまだ知らない事が多いから、教えてもらうってことだよね、怒られるというより。
息子 子どもも、悪いことしたら、警察に捕まる?
私 そうだね、子どもも捕まるよ。
息子 でも、ニュースとかだと、大人しか捕まってないよね?
そっか!犯罪者(悪い事してる人)って、大人か!と、子どもになんて言えばいいのか、迷ったのを覚えている。
要するに、犯罪の話は置いておいて、大人と子どもは大して変わらないが、一番の違いは人のために頑張れるかどうか、かなと思う。"ただ頑張る"ことは子どもでも出来る。何かのトレーニングやら、自分の好きな事とか、子どもでも一生懸命頑張ることはあるが、全く自分のためにならないことに大して頑張れるかどうか、これが大人と子どもの大きな差に見える。あえていうなら、one for all, all for oneにも近い気がする。
子育てをしていると思うことがある。それは子どものためなら何でもやろう、ということである。確かに、子どもの要求はこちらの苦労や大変さなんていうのはお構いなしなので、荒唐無稽なものもあるが、それでもなんとかしてあげようと思う。道路を見ていると、アメニモマケズカゼニモマケズ、子どもを乗せて走る自転車を見たり、毎日早起きして、朝ごはんとお弁当を作って送り出す母だったり、平日どんなに疲れてても土日に子ども達と必死に遊ぶ親を見たり、子どもの安全のためにボランティアで横断歩道に立つ人を見たり、自分を犠牲に子どものために頑張る人を見ると大人だなぁと思う。大人にならないとやはり親になるのは難しいと思う。
ただ、この大人になるということは何も子育てに限ったことではなく、親のためだって、恋人のためだって、友人や親戚、チームメイトやサークル仲間でも、通用する。とにかく自己犠牲で相手のために何かをやる人が大人だと思う。
逆に、そういう他人のために何かをやろうとするときに、自分のこと(都合、気持ちなど)が優先になってしまう人を見ると子どもだなぁと思ってしまう。自分の事はしっかり守るが、それを他人のためには一切使わない。
これは一緒に仕事をしている人でも、家族や夫婦間、はたまた友人関係の 中でも大人同士の関係になりきれない時、どちらかがまだ子どもだったりするし、そこで関係が破綻してしまうことがある。そして、この子どもかどうかどうかというのは意外とすぐには分からなくて、しばらく付き合って、一緒に危機を乗り越えたりする経験の中で初めて分かってくる。これは、頭がいいとか、性格がいいとか、優しいとか、我慢強いとか、努力家とか、そういうこととは違って、単純に自分の前に他人を置けるかどうかというだけのもので、日常的に現れるものではない。
またこれは、人間誰しも生まれながらにして持っているわけではなく、見る限り、子どもは誰も持っていないが、早い子どもでも6歳を超えたあたりからしか持っていないもので、成長過程で取得していくものである。だから、大人の壁になる。
では、どのように習得できるものなのか、私なりに考えてみると、やはり幼少期に友達とよく遊ぶこと、チームプレーを学ぶこと、そして助けられる経験をすることかと思う。そして、子どもにとって、人生最初の助けられる経験は親から受けるはずで、子どもが大人の壁を乗り越えられるか親の責任は重い。
そして、成人式を20年以上前に迎えた自分は今日、成人の日に、自分に問う。自分は真の大人になれているのか、そして、自分の子どもたちをちゃんと大人にしてあげられるのかと。