お笑いについて

私の好きな芸術の中でも、特に日本が優れていると思うのがお笑いである。もちろん、中には、世界では通用しないものも多いが、宗教的、政治的、差別や偏見の影響が少なかった日本ならではの自由な発想が日本の笑いにはあり、本当にこれ程幅広いジャンルの笑いが許容される国は少ないのではないかと思う。

イスラム教国では、女芸人がやっていた身体をはった芸をやることは難しいだろうし、中国であれば、時事ネタは絶対に出来ないだろうし、米国では人種的なもの、または人の体型に関するものはNGだったり、アフリカなど水や食べ物に困っている地域で、無駄に水をかぶったり、食べ物を無駄にするようなコントは出来ないだろうし、その他にも、人を叩くこと、罵倒することがNGな国もあるだろうし、とにかく良い悪いは別にして、色々な形の笑いが日本にはある。

しかし、最近の潔癖化社会の中で、お笑いの形も変わってきて、優等生的なものしか残らなくなってきた。非常に残念である。お笑いというのは、後にも書くが、常識などから外れる必要があるから、一見、バカに見える。しかし、本当のバカは笑いにはならないので、笑いになっているものはバカではないのだが、その区別が分からない一部の視聴者なのか、仕事を探している放送倫理委員会なのか、そういうところが笑いに規制をかけているなかで、お笑いのテレビ番組からバカがいなくなった代わりに、ニュース番組にバカがたくさん登場するようになった。電車で無差別に人を傷つけたり、こんなことがよく起きる国になってしまった。潔癖症のテレビは息苦しく、フェイクにしか見えず、逆に現実世界にバカを創り出してしまっているようにも思う。放送倫理委員会の罪は重い。

 

まず、笑いというのは感情のなかで最も知的であり、人間的である。動物的な感情として、怒りがあるが、これは言うまでもなく、よく動物の世界でもみかける。もう少し賢い動物になると、泣き(悲しみ)の感情を持つようになる。しかし、笑いまで持っているのは人間くらいかと思う。もちろん、動物も笑うことがあるかもしれないが、怒ることに比べると格段に少ないと思う。私は動物番組(ペットではなく、野生動物)が好きでよく見るが、お互いに笑わせたりしているシーンなどは見たことがないので、怒る動物はいても、笑うまたは、笑わせる動物はいないと思う。

よって、こうすれば怒るとか、こうすれば泣くというのは比較的簡単で、ある程度パターンがあるが、お笑いというのはその決まったパターンがあるようで無く、実は工夫が必要で、誰にでも出来るものではないというか、非常に限られた人にしか出来ないのが、笑いだと思う。そのため、私はお笑い芸人たちへの尊敬は止まらない。やはり、彼らの才能と努力はすごいと思うし、そもそも人を笑わすことを商売にしようとしたその意思もまたすごい。例えば、現在海外への売却が進められようとしている郵政民営化における郵政事業や、または水道事業のように、どう転んでも儲かる商売にたかるハエのような外資企業とは違い、お笑い芸人のように本当に儲かるか分からない、例え一度儲かっても長く出来るか分からない、そんな厳しい社会で戦うことを選んだ彼らはすごいと思う。私の尊敬する芸人についてはまた書いてみたいと思うが、今回はもう少しお笑い総論について。.

笑いというのは、一般的な常識や決まり事、または、我々の予想などを裏切るところから生まれる。しかし、そういうものから完全にズレ過ぎても面白くなく、むしろ不愉快にもなるので、その塩梅が笑いの難しいところ。よって、日本の笑いの基本は、ボケとツッコミの漫才スタイルであり、ボケが既成概念の外を行き、それを上手く笑える枠内に収めるのがツッコミの役割である。ボケだけで面白い事も多いが、ツッコミが解説だったり、誘導だったり、そんな役割を持って笑いを作るのが一般的なスタイル。よって、ツッコミがないピン芸人の一発芸というのは、少し難易度が上がるようにも見える。例えば、一発芸の代表格のモノマネは、本人に似てるが本人ではないというところが笑いどころで、あまりにもかけ離れている(似てない)と面白くないところは笑いのセオリー通りである。ただ、期待の裏切り方として、多少はどこか似てるだろうなと思わせて、全く似てないというモノマネも面白かったりするので、笑いは難しい。また、一発芸の中でも、ギャグというのは素人がまず笑いを取れないジャンルであり、芸人のなかでも、限られた人にしか出来ないとても難しいものである。言葉、表情、リズムそんなものを色々掛け合わせて、笑えるところまで作り込み、そして演じるまでかなり細部までこだわる。また、芸人の力量が試されるのが、すべらない話に代表されるようなエピソードトーク。よくありそうな話からの逸脱と意外性は話の中身だが、それをどう組み立てて、オチまで持っていくのか、また口調やトーンの調整もまさに芸術の域。そして、笑いの王道にコントがある。これは長い舞台で、一番海外でも笑いというと、このコントスタイルが主流だと思うので、特に説明はないが、コントを作り、演じている芸人というのは、普通のドラマなんかにも使われる人が多く、きっと共通するものがあるのだと思う。

この様に色々なスタイルで笑いを届けることが出来るが、スタイルが決まったら今度は、ネタ作りである。冒頭にお笑いは芸術と定義したが、そう考える根拠の大部分がこのネタ作りにある。これは、音楽家の曲作り、料理人のメニュー構成の立案、画家のデッサンであり、産みの苦しみを味わうところである。もちろん、全ての芸人がネタを書くわけではないが、たまに芸人のネタ作りの様子が明かされたりするシーンを観ると、やはり笑いは芸術だなぁと実感する。

そして、そんな笑いの効能としては、なんと言ってもストレス解消。ストレスというのは、万病の元であり、病気の原因として、もちろん食べ物に含まれる有毒添加物や欧米化した食文化が問題になることも多いが、ストレスの有無はかなり大きな差になる。笑うことがストレスの軽減に大きく貢献することは実証済みで、出来れば毎日笑って過ごしたい。しかし、仕事や家庭でのトラブルは避けられず、いつも笑っていようとしても難しい。日本でお笑いが発達した背景には日本のストレス社会、またはそもそもストレスをためやすい国民性も影響しているのかもしれない。とても、お笑いの需要が高い国なのである。つまり、そういうストレス社会から人々を解放しているのがお笑い芸人たちなのであり、まさに社会を芸術で支えている人々だ。

次回はそんな芸人たちについて書いてみたいと思う。

 

 

 

 

三重について

三重県というのは、私の祖父の出身地であり、今でも多くの親戚が住む土地であるから、思い入れがある。

そんな三重県の事がニュースになっていたので、取り上げてみる。

https://news.yahoo.co.jp/articles/a77d077612235309894442c0308cea8f66714c9b

三重県が、近畿地方なのか、中部地方なのか、という記事だったが、これまで曖昧だったことに驚いた。色々と事情はあったにせよ、三重県としては両方に属しているとの認識ということで、面白い状態だ。ただ、この記事だけではよく分からないので、今回は祖父の実家のある三重県の話であり、興味が湧いていたこともあって、色々調べてみたら、面白いことが分かってきた。

まずは、関西地方という言い方について。

そもそも、近畿地方という言い方よりも、関東と関西のように、大阪や京都を中心とした地域を呼ぶ時には関西地方と言っていることが多いと思い、近畿地方と何が違うのか調べてみた。すると、関西地方という言い方は比較的に新しく、諸説あるというか、定義が変わることもあるらしいが、ニ府四県(大阪府京都府和歌山県奈良県滋賀県兵庫県)が基本で、三重県は入らない。しかし、近畿地方というと、二府五県で三重県が加わるのが正式らしい。何故なら、近畿地方というのは、京都が日本の中心だった時代の、畿内という言い方から畿内周辺を近畿と呼んでいたことが起源らしいので、由緒正しき言葉なのだ。しかし、英語でkinkyというのがあまりいい意味でないことから、使われなくなり、代わりに関西という言葉が生まれ、そこからは三重県が外されるという流れなのだと理解した。もちろん、こういう話は色々な側面や情報があるので、これが全てではないと思うが、一つの仮説としてこの話は納得できたし、面白いので紹介している。

そして、中部地方とは、Wikipediaによると、日本の中央に位置し、関東地方、東北地方、関西(近畿)地方に含まれない地域を暫定的な呼び方として用いられた、とのこと。これには、新潟県、石川県、富山県福井県、長野県、山梨県静岡県、愛知県、岐阜県、が入っており、そして、三重県は?というと、相手が関西地方であれば、中部地方に入り、もし近畿地方と言ってくれば、中部地方から抜かれるという曖昧なポジション。それもそのはず、そもそも中部地方というのは、その他の地方に含まれない地域の呼び方なので、相手の出方を待つ必要がある。

こんな感じで捨てられたり、拾われたりする三重県だが、三重県をガッチリ掴んでいる言い方が東海地方。これは、愛知県を中心に、静岡県岐阜県三重県の四県のみで、相手が関西であれ、近畿であれ、東海地方という枠組みは変わらない。しかし、中部地方の中で東海地方だけがガッチリ決まっても、残りはどうなのかと言うと、北陸地方だと新潟県富山県、石川県、福井県などが入ってきて、甲信越地方というと、長野県、山梨県新潟県で、新潟県がダブルカウントになっている。しかも、調べていくと、東海地方という言い方も岐阜県の美濃までで、岐阜県の飛騨は、中部地方北陸地方に含まれていない長野県と山梨県のチームに入るようで、県が分断される分け方もあるようだ。だんだん複雑になってきたので、もう止めるが、とりあえず、日本には、殊にこの中部には、地方という考え方が多数あり、行政的、歴史的、文化的、面白いのが天気的や道路的など、何の目的かによって広い意味での中部地方から出たり入ったり、また中部地方内で分裂したり、中部地方の曖昧さから非常に怪奇な現象が起こっていて、その一番の被害者または、上手いこと都合よく利用していれば、恩恵を受けているのが三重県なのかもしれないのだ。

そして、そんなことを念頭に置きつつ、改めて三重県の地図をみる。すると、桑名市四日市市鈴鹿市から始まり、よく知られている市を繋げていくと、次に、県庁所在地の津市、牛肉の松阪市、そしてなんと言っても伊勢神宮のある伊勢市があり鳥羽市志摩市となる。もちろん、他にも、忍者の伊賀甲賀甲賀滋賀県)とかもあるが、県の中心はほぼ全て見事に愛知県側にあり、千葉県や埼玉県が東京側に色んなものが集まっている様子に似ている。変な言い方かも知れないが、三重県の地図を見ていると、何だか愛知県というか名古屋に吸収されていくようにも見える。もちろん、滋賀県奈良県和歌山県とも繋がってはいるが、そこは深い山間部でもあり、名古屋から繋がる海沿いのエリアとは少し違う。私の祖父の実家は松阪市に近い多気郡と呼ばれていた地域。この辺りはやはり名古屋との繋がりのほうが強いように思えた。

よって、文化的、天気的、道路・鉄道・船的に、あとは行政的やスポーツの区分け(東海ブロックなど)からすれば、三重県大阪府京都府とは一線を画している。しかし、畿内という歴史から見ると、伊勢神宮がある分、三重県を取り込んでおきたいのも分かるし、もう一つ地理的には紀伊半島で一体と見るとグルっと京都大阪グループの一員と言えなくもない。

そして、結論は何かと言えば、記事にあった三重県の方が両方に属していると言っていた事が、ここまで調べてよく分かったということである。こんな状態ではどちらかに決めることは難しい。

 

 

成人について

今日は成人の日であるが、日本において、成人を18歳にしようという動きがあり、2022年の4月からは、正式に18歳から成人となる。引き上げるのならまだ分かるが、どうして下げるのか、よく理由が分からない。そもそも、成人の日がハッピーマンデー制度の対象になってしまったのも残念だ。我々の時代は1/15に固定されていたので、特別感があったが、今や海の日のような扱いで、少し可哀想な気もする。

それはそうと、まず、現在の日本社会は大卒または大学院卒で働く人が多くなっており、20歳というとまだ学生の人が多く、社会人になっている人はあまり多くはない。学生時代にあなたはもう大人だとか、大人としての自覚を持てと言われても、親からの仕送りをもらって生活し、社会との関わりもないなかでは、私の経験からも社会的な責任など考える術もないように思う。だから、20歳までに就職しろというわけではなく、今の複雑化した世の中で、みんなが色々経験したり、勉強しないと働けない社会の中では20歳で成人というのは少し早い気がするのだ。

また生物学的観点から言うと、寿命が長くなっていることから、成熟する、つまりは成長するのも遅くなっているような気がする。例えば50年前の20歳と最近の20歳では、10歳くらい離れているような印象がある。平均寿命が60歳くらいの時代と人生100年と言われる現代の日本人では当然、20歳の成熟度は違うと思わざるを得ない。そう考えれば、平均寿命が延びた分、成人とする年齢も遅らせてもいいはずである。よって、私は今の状況とは逆に成人というのを30歳にしてはどうかと思っている。

そして、成人式で暴れる人も毎年問題にはなるが、成人式を30歳にやれば、そんな人はだいぶ減るのではないかと思う。また、それよりも成人式の30歳にすることで効果があると思うのは、地元に戻って旧友と再会するのに、それぞれ色んな場所で活躍してから会う方が面白いし、その後の人生に役に立つはずだと思う。18歳だと、高校の卒業と同じで、例えば小学校時代の友人と会ってもまだそんなに時間も経っていないし、特に情報交換してもあまり意味がない年齢でもある。そもそも、多くの人は大学受験だったり、就活だったりで忙しく、旧交を温めるという気持ちにもあまりならないだろう。

社会に出るのが遅くなったこと、平均寿命が長くなったこと、成人式で暴れること、旧友との情報交換のこと、などを考えると、やっぱり成人式は30歳がいいように思うのだ。

 

そして、私は常々思うことがある。それは、この世の中は、30代、または40代(ミドル世代)のためにあるのだと。子育てをしていると、子どもはほとんど好きなように出来ないので可哀想だと感じる。好きなもの(お菓子)を好きなだけ食べられないし、おもちゃだって買ってもらえない。レストランやスーパーで走ったり騒いだり出来ないし、我慢しないといけない。もちろん、ミドル世代もこれらを守らないといけないが、そもそもそんなことをしたくもないし、意識しなくても守れる。何故なら、こういうのは大人が作ったルールだからだ。大人に都合のいいルールなのだ。

高校生や大学生も、勉強やら部活やら、恋愛も友人関係も本当に悩みの多い時期である。確かに青春時代と言って人生の中で最も楽しい時期ではあるが、それは"後から考えると"、という感じで、当時は色んなことで悩みもがき、大変だったように思う。ミドル世代はすでに結婚して恋愛の悩みからは開放されてる人が多いし、友人関係も毎日嫌いな友達と顔を合わせるということもないし、仲の良かった友人とだけ交流出来るようになるし、落ち着いてくる。また、高校生や大学生は親の干渉化にあること、お金もないこと、などから趣味などに費やせる時間、労力、資金もだいぶ少ない。そして、50代以降の世代になれば、色々な能力が下がってきて、特に病気との付き合いが始まってきたり、老後の生活とかの不安に襲われ始める。

ミドル世代は、20代までに培ってきた能力とか、人間関係とかが実り始めてくる時で、仕事でもプライベートでも、まさに人生を謳歌する、または出来る世代である。また、お金も少しずつ貯まってきている時期でもあり、美味しいものを食べられるようになったり、旅行や遊びの枠も広がる。または、車を買ったり、家を買ったり、家族をもったり、きっと昔はこれが20歳だったのかもしれないが、今はミドル世代である。もちろん、仕事でも20代のうちはどの世界でも見習い的な立場だったりもして、仕事に振り回されるというか、どうしても受動的な感じになりがちだが、30代になってくれば、だんだん仕事を主体的に動かせるようになってくる。そして、40代になれば責任のある立場になってきて、益々仕事が楽しくなってくる。

よって、成人というのは、この社会が色んな意味で見え始めるミドル世代になる30歳というのが一番いいように思う。もちろん、もっと早くミドル世代のような生活になる人もいるかもしれないが、お金や仕事面ではそうでも家族がまだだったり、家族が出来てもお金的にはまだだったりもするだろうし、どんなことがあっても、18歳で成人式をやるよりは絶対に良いはずである。だから、この時期に旧友と会えば、まずは懐かしいだろうし、お互い変化もたくさんしているだろうし、いい意味で刺激しあえるだろうし、色んな分野の情報交換も出来るだろうし、18歳では到底こんな感じにはならないと思う。

やるなら、新たに18歳で元服式と言うのにして、和服でも、スーツでもいいが、正装をして、少年少女を卒業し、青年になる儀式でいいのではないかと思う。これからは、

①生後〜6歳 幼児

②6歳〜18歳 少年少女

③18歳〜30歳 青年

④30歳〜50歳 第一成人

⑤50歳〜70歳 第二成人

⑥70歳〜90歳 初老

⑦90歳〜   老人

こんな感じで、④の始まりを祝う会として、成人式があるべきだと思っている。③のところにやる儀式も、④で成人式をやるなら必要ないかもしれないが、何か③のタイミングでもやりたいというのであれば、名前を元服(もともと15歳くらいでやっていたもの)にして、七五三のような感じでお宮参りと正装して写真みたいなものにすればいいのかなと思う。まぁ、⑥を初老とするには幅が広過ぎると思われるかもしれないが、最近の80代は本当に若く、活き活きしている人も多いので、あえてそうしてみた。

なにはともあれ、本日成人を迎えた皆様とそのご家族には、おめでとうございますと伝えたい。きっとご両親にとってみれば、20歳までというのが一つの子育ての目標だったとも思うので。

 

 

雪について

東京で雪が降り、子どもたちは大喜びだが、大人たちは交通機関の麻痺や雪かきなどでうんざりだった。

私は雪国出身であり、雪自体には慣れ親しんではいるが、もう今は雪の降らない地域に住んでいて、雪国を離れてから、かれこれ20年近く経つので、雪素人になりつつある。

今回の雪騒動でネットを見渡すと、東京イジリというか、こんな程度の雪で交通麻痺って

、、、とか、俺たちのところは○○センチ積もってます、とかそんなコメントが多くて、私も最近知った言葉だったが、こういうのを雪国マウントというらしい。

それがいいとか悪いとかではなく、マウントされるということは、当然、東京に弱みがあるわけで、確かに雪国であれば、今回の東京に降った雪くらいではビクともしないのは確かであり、結局一日で溶けてしまう程度だったわけだから、雪国からしてみれば、何を大騒ぎしてるんだ?という感じなのだろう。しかも、それが世界の大都市東京だから、なおさらだ。

しかし、少し考えないといけないのがリスクの考え方。これはいつかちゃんとまとめて書きたいと思っていたテーマだが、リスクというのは、リスクがあるから全て排除しないといけないというものではなく、リスク評価をし、ある意味リスクを取って、あえて対策をしないというのもリスク管理の一部だったりする。

極端な例かもしれないが、100年に一回しか地震がないような地域で、耐震性の住宅や震度計などが必要かと言えば、必要ではないとは言えないが、もしその地域にはよく大雨が降って洪水が起こりやすければ、そちらの対策を優先すべきだとか、他国が攻めてくるかもしれないからとどんどん防衛費を上げて、米国から使い古したような武器を買い集めるよりも、そのお金で心臓の移植とかが必要な幼児の命を救ってあげたほうがいいとか、リスク管理というのは、リスクがあるからそれを全てなくそうとするのではなく、正しく評価し、費用対効果もみて対応することである。

そして、今回の雪騒動であるが、これも同じで東京でこのような雪が降るのは年に数回程度。個人レベルで言うと、雪対策としては雪用の靴とか、車のタイヤとか、雪かきスコップとか、まぁ用意出来るものもあるが、問題は限られた家計の予算のなかで、どこまで雪リスクを管理するかである。例えば、スタッドレスタイヤに替えるとなればそれなりの金額になるが、年に数回のことなら、その日は外出しないということやどうしても車で行く必要があるならタクシーを使うとかでも、スタッドレスタイヤよりは安く済むわけである。

そして、行政や鉄道会社も同じで、年に数回の雪のため、例え色々麻痺したり、事故が起きたとしても、そこに全力をかけて対策するよりは、多少リスクをとって、交通機関のダイヤは乱れても、道路の事故が起きてしまっても、除雪車を何百台と用意したりするよりはいいだろうということなのかもしれない。

となると、雪国マウントとはなんだろうか?東京はこんな雪でダウンかよ!みたいなコメントもあったようだが、あえてダウンを選んでいたとも言えなくはない。今回、雪の事故にあわれた方や交通機関の麻痺で大変な苦労をされた方も多いとは思うが、それが東京の選択だったのかもしれない。逆に、東京マウントとでも言おうか、よく地方の駅とかでイベントがあって、来訪者が1万人が来ただけで大慌てすることがあるが、東京からしてみれば、新宿駅だけで一日の利用者が1000万人なわけだから、たかだか1万人で?ということも言えるかもしれない。しかし、普段は100人しか使わない駅を何年かに一回の1万人の日に合わせるかと言えばそうはせず、その日に特別な対策をして、あたふたしながらでも、現状のまま乗り切る方が効率が良かったりもするので、それこそリスク管理の結果である。逆に新宿駅で毎日あたふたしてたら問題なので、ちゃんと1000万人に対応するようにリスク管理しているわけだ。

話はだいぶ逸れたが、雪に関して言えば、雪国生活で、雪って嫌だなと思ったことも多かった。確かに普通に生活しようと思うと色々不便だし、最初に書いたようにうんざりだったが、家の窓から見える雪景色はそれなりに圧巻というか、一面の銀世界はキレイだったし、子どもたちの喜ぶ姿も幸せな気分になった。また、雪を見ると、昔やっていたスキーをやりたくもなる。

しかし、そんな気分も一日で終わり、すっかり溶けてしまうと、また日常が始まる。

 

 

 

年賀状について

正月というと、家族で過ごすというのが定番で、親戚巡りをしたり、実家でみんなで集まったり、そんな感じではあるが、その中でも、年賀状のやり取りは家族以外の人とも繋がれる正月の楽しみの一つである。

元々、私は大の年賀状嫌いで、メールやSNSで済むことをなんでわざわざ50円(今ではすでに63円だが)もかけて送る必要があるのか?そして、そもそも郵政民営化以降はその事業に協力したくもなかったので、年賀状なんてやるつもりは全くなかった。郵政民営化で経営の効率化とか言ってたくせに、どんどん高くなる切手代をみて、あの時の小泉竹中改革は真っ赤な嘘だったんだなと思う。そもそも、給料も物価もずっと変わってないと大騒ぎしているが、本来は効率化して下がる予定だった切手代だけどんどん値上げされていることは誰も責任取らないのだろうか?と疑問が残るし、マスコミはこういうことにもっとツッコミを入れられないのかなとも思う。

 

しかし、ある年に突然、一人の友人からの年賀状が届いてから、意識が変わった。そこには、友人とその家族写真があり、なんだかとても心が温かくなったというか、元気にやってるなぁとか、変わったなぁとか、変わってないなぁとか、そんな旧友からの便りが嬉しいなと思えた。

そこから、住所がわかる友人には年賀状を送るようになったり、年賀状のやり取りをしたいと思った友人には住所を聞くようにしたり、年賀状のネットワークを少しずつ広げ、今年は30枚くらいになった。親の世代は100枚、200枚が普通だったというから、それに比べれば少ないが、私の場合には会社の付き合いとかで出す事がなく、純粋に大切な友人としかやってないので、最終的には50枚くらいになればいいかなと思っている。

年賀状が面白いなと思い始めた理由はまず、歳をとったことだと思う。何故なら、ティーンネイジャーであれば、年に一回の情報交換ではとても追いつかない。毎日電話したって、毎日新しいことが起こるというティーンネイジャーにとって、年賀状なんてあまりに退屈である。しかし、30歳を超えたあたりから、一年があっという間に過ぎるようになり、一年刻みで情報交換できるのがちょうどいい。

それであれば、年賀状でなくても、あけおめメールとかでもいいだろうとは思うが、メールやSNSは意外と保存が面倒だったり、読み返したい時にすぐに読み返せない。紙媒体でくる年賀状は専用の年賀状ファイルに入れて、年ごとに保管できるのでいつでも見返せるし、一年ごとのみんなの変化もそれで追えたりする。 

それでもまだ年賀状じゃなくたって、近況を知りたいなら会って話せばいいじゃんという意見もあると思うが、社会人になると、みんな就職して色んな地方に引っ越したり、転勤になったり、すぐには会えなくなるし、例え近くに住んでても、家族ができたり、仕事が忙しくなれば、昔のように電話やメール一本で連絡しても、すぐには会えなくなる。それこそ、どんなに仲のいい友人であっても年に一回会えれば良い方だし、オリンピック周期並みに会えない友人も多い。そうなると、年賀状の方が頻繁に近況報告出来ているということになるし、メールやSNSで連絡を取り合うことがなくなっても、年賀状で繋がりを維持出来るという側面もある。

そして、年賀状はもらうだけでなく、こちらから出すことも必要だが、出す時に今年一年を振り返り、家族一番のトピックというか、ニュースを選んで年賀状にまとめるので、家族の記念にもなる。もちろん、そんな記録だって、年賀状でなくてもまとめられるが、人に送ることを考えて作るものは、個人の記録用とは少し違う。

ただ、今後も引き続きやりたくないなぁと思うのは、付き合いだけで出す年賀状。今は本当に出したい人にしか出してないが、何かのキッカケでまたみんなが年賀状をやりだし、会社とか、取引先とか、形式だけの、とりあえず出しておこうと、無駄に郵政事業に協力するつもりは全くない。あくまで本当にお世話になった人、大切な親族や友人、そんな人との繋がりのためだけに最少限に絞って、続けていきたい。

今年もこれから送られてきた年賀状を読む。とても楽しみである。

 

あけましておめでとうございます

本年もよろしくお願いします。

新たな年を迎え、まずはニューイヤー駅伝、そして箱根駅伝を観て、新年を祝うのが、毎年の恒例行事。昨年はオリンピックとスワローズの優勝に沸いた一年だったが、今年はどんなスポーツのどんなサプライズが待っているだろうか。

しかし、スポーツはスポーツでいいが、やはり今年とても気になるのが国際情勢。特に、年末から慌ただしくプーチン大統領が声高に欧米というか、NATOというか、そういうものを批判し、ウクライナに派兵するという動きから、今月NATOとの会談が行われる。今後の大きな流れがここで決まると思われる。

こういう話し合いも、ロシアが強行突破というか軍事的な圧力をかけないと開催されないというNATOの体たらくぶりにはガッカリさせられる。プーチン大統領は昔から冷戦時代からソ連崩壊とその後の世界情勢について語っているが、やはり欧米諸国のロシアへの裏切りというか約束違反のような行いが平然と行われてきたことを伝えている。しかし、いくらプーチン大統領が訴えても、知らん顔。それでもなかなかロシアも声明は発表しても、今回のような行動には移せなかったのは、経済的な理由も大きかったかもしれない。そして、今回のように、脅されて初めて話し合いをするというのが、なんとも情けないというか、野蛮な方法でしか反応しないというのはいかがなものか。

何故、私がこの件に新年早々、気持ちが入っているのかと言えば、これが中露vs欧米の戦いの初手になりそうだからである。もちろんこれまでも火種は数え切れない程あったし、どれが初手だったかというのは、定義が難しいが、何故今回が初手と考えているかと言えば、今まではチェチェンにしても、アフガニスタンにしても、ウクライナにしても、ロシアの問題はロシアと当事国との対立とされていた。もちろん裏に欧米の支援があるとかないとかは別にしても、表向きはロシア対当事国だったが、今回はついに黒幕のNATOが出てきたわけで、いよいよ本格的な対立が始まるといった感じだ。

ロシアがこのような行動に出られたのも、中国の強い支援があったものと思われる。中国は米国との経済的対立が日に日に激しくなっていっている。ただ、米国の経済というのは、主にGAFAと呼ばれる世界的企業に支えられたものだったが、中国はそれをも模倣し、完全に自国内で同じものを作り上げてしまった。GAFAというのは全て技術的には大したことはないのだが、とりあえず、人を集める、市場を独占することで利益を得るシステムで、日本企業が最も苦手とする形態だが、中国ならそれが出来るので、米国は非常に大きな危機感を持っている。facebookにしても、ミクシィだって、他のアプリでもいくらでも代用出来そうだし、アマゾンだって楽天でも出来るし、アップルのiphoneGoogleも大事なのは規模であり、その管理だけであるから、中国なら同じくらいの経済規模を持つし、管理は得意分野なので、GAFAであれば一朝一夕で中国は追いつけた。つまり、軍事的または政治的に大きな力を持つロシアと、経済的な力を持つ中国が組むと、欧米に並ぶまたはそれよりも強大な力を持つかもしれない。それが、今回のロシアの強行突破の後押しをしたのかもしれない。

そこで気になるのが日本はどうすればいいのか?私は、もうこんな古典的な覇権争いには一切参加せず、日本は新しい外交をすべきだと思っている。アメリカにつくか、中国につくか、どちらについても日本は得をしない。ではどういう外交かと言えば、ソフトな鎖国という路線も以前提案したが、やっぱり赤白同盟がいいなぁと、また考えている。もうしつこいかもしれないが、こう世界が大国の理屈で分断されそうな時ほど、感動と知性が大事で、きっと人々を動かす。宗教、土地、民族、政治、貧富、そんなことにとらわれない、単に国旗の共通点があるだけの国々が、仲良くするという曖昧な繋がりを持って交流する新しい外交。大国の動きに流されず、日本は日本で、新しいことが出来ないかなと、益々このロシアの動きを見て思った。

さぁ、2022年、世界はどうなるのだろうか。

 

2021年(令和3年)について

今年ももう大晦日を迎え、終わろうとしている。私はこのような暦の上の年の変化と、会計年度の4月の両方がある日本の制度はとても好きだ。仕事の人間関係も、煮詰まっていたものがここでリフレッシュされる感じがとてもいい。人間関係については特に4月というイメージだが。

今年を振り返ると、オリンピックだったり、コロナだったり、色んなことがあったが、自分の人生で見ると、このブログを始めたことは大きな変化だったなぁと思う。今まで色んな事を考えても自己完結して、それが表に出ることはなかったが、読者は少ないなかでも、一応誰かが読んでくれていることを想像しながら、自分の考えをまとめて書き残していくことは、非常に楽しい。このブログがキッカケで経済の話について詳しく教えてくれる人が現れたり、仕事のネタを探しにきた人がいたり、人生相談に来たり、まぁそれなりに少しは反響もあり、隔離期間だけの暇つぶしから、すっかり日常のルーチンになってきた。

ただ一番大きな出来事は、会社に自分の席がなくなり、完全に在宅ワークが定着したことだったのではないかと思っている。

入社以来、こんなに長く家にいたのは初めてである。(よく考えてみると高校は寮生活で、大学は遊びとバイトでほとんど家にいなかったので、中学校卒業以来かもしれない)

少し簡単に書くと、入社一年目は研修期間だったので、仕事はほぼ定時に終わってはいたものの、ほぼ毎晩、会社の寮の隣りにある小料理屋で、同期メンバーと食事というか、飲み会に行っていた。家というか、寮には毎晩、単に寝に帰るだけという感じであった。そして、2年目、3年目は会社人生で最もきつかった時期で、朝早く出て、ほぼ毎日終電あるいはタクシーで帰る日々。仕事が山のようにある上に、日中は打ち合わせ等で使われるので、早朝と夜中に仕事という生活になっていたし、土曜日も仕事だった。4年目からの5年間のアメリカ生活は、出張の嵐。月の半分はどこかの州ホテルで生活という感じで家にはほとんどいなかった。特にカナダでのプロジェクトの時にはかなり長期でアメリカを離れ、カナダに滞在していた。その証拠に、出張で使ったホテルやレンタカーのメンバーシップはいつも頂点のランクになっていた。そして、アメリカから日本に帰国して、コロナ前まではインドネシアにずっと行っていたから、また家からは離れた生活をしていた。こんな感じで、ほとんど家にいない社会人生活(&学生生活)だったが、今年は約三ヶ月間のインドネシア出張を除けば、ずっと家にいた。日本にいてもコロナがなければ仕事とその付き合いでなかなか家には帰らなかったと思うが、コロナの不安の拡大(実際、日本ではそこまでコロナは拡大してないが、不安の拡大は世界にも類を見ない)から、いつもはゆっくり決断する会社も在宅ワークだけはかなり迅速に進め、あっという間にオフィスはフリーアドレス化され、ずっと家にいる生活が始まった。

そして、今まで全くやらなかった家事に手を染めて(笑)、朝晩ともに家族で食事して、土日は家族で公園行ったり、買い物したり、庭でバーベキューやピザ焼いたり、まさか自分がこんな生活をするとは考えてもみなかったが、だんだんそれが楽しくもなってきた。もちろん最初は戸惑いもあったし、仕事人間だったサラリーマン夫のリタイア後の生活や心情の変化などを色んなところで昔見かけたが、まさに今、それを実感をもって思い出した。私は決して仕事人間ではなかったが、家にはほとんどいなかったという点では共通していて、そういう人間が突然ずっと家にいると、最初こそもの珍しく客人として扱われるが、次第に妻からは仕事を増やす人と見なされ、煙たがられるようになっていく。しかし、そこで腹を決めて、家事などに、精を出していくとそれはそれで楽しくなってくるし、何より自分の居場所ができるようになる。このブログでも、家事についてという記事も書いたくらいである。

そんな感じで振り返ると、自分にとって今年は本当の意味で家族の一員になれた年で、本当に大きな変化があった年だったなぁと改めて思った。

来年もまたいい年になりますように!と、願うばかりである。